私が恋に憶病になっているのは、決して御堂のせいじゃない。だけど簡単に彼の好意を受け入れる事はどうしても出来なくて。
だけど、そんな私でも御堂は当然の様に受け入れようとしてくれてる。普通だったら、こんな女は「面倒くさい」の一言で終わってもおかしくないのに。「なあ紗綾、俺を使ってもいいんだ。お前がもう一度恋愛が出来るようになるように、俺を利用すればいい」
「御堂を……利用って?」いったいどういうことなのか? 御堂は本気で私を付き合いたいのではなかったの? 予想外の言葉に、段々と頭がこんがらがってくる。
「ああ、俺以外の男で試すことは許せない。それならば、最初からこうすれば解決することだからな」
「どうして……? そんなことをして、御堂に何のメリットがあるの?」そんな私を見て、御堂は「フン」と鼻で笑う。紗綾は何もわかってないな、とでもいうように。
「たとえお試しであれ、付き合えば紗綾に俺の事を好きにさせる自信はある。その後、互いが納得してきちんとした交際に変えればいいだけだ。いいか、紗綾。お前との距離を縮めることが出来るのなら、俺はなんだってする」
御堂の鋭い瞳に見つめられて、私は……
「でも私はまだ、御堂をそんな風には……」
「紗綾、お前は頭でゴチャゴチャ考えすぎなんだ。いいから、少し黙ってろ」御堂から乱暴に、私の乾いた唇を彼のそれで塞がれる……今までの相手のように、心からの嫌悪は感じなくて。
もしかして、本当にこの人とならば……そんな気持ちが、全く出てこないわけじゃない。「それはそう、だけれど……」 横井さんの言う事は間違っていない。私は誰かに恋愛をするなと言われてるわけじゃない、勝手に自分でそう決めているだけだ。「そんな主任には、そのかたーい考えをぶち壊してガンガン引っ張ってくれるような人が現れてくれたら……いいですよねぇ?」 そう言ってチラリと御堂に目を向けてみせる。横井さんは……本当に私達の事をどこまで気付いているのだろう? 「そう……なのかしらね? 自分ではちょっと、分からないわ」 彼女の言葉に、私は微笑んで曖昧な返事しか出来ない。だって私は今の自分を壊したくなんてない、厚い壁を作って精一杯守っているのに。「でも、気を付けた方がいいですよ? 御堂さん狙っている女子多いですから、主任はちょっと目を付けられてます」 横井さんは周りをキョロリと見てから、小さな声で私にそのことを教えてくれた。 ……多分、御堂とのやり取りを他の女子社員に見られていたのだろう。「ありがとう、横井さん」 「いいえ~。さっきからこっちを心配そうに見てますよ、御堂さんが。フフフ、怖ーい顔して、意外と可愛いんですね」 横井さんに言われて御堂を見ると、確かに彼はこっちを見ている。御堂は本当に私の事をそんなに心配しているの? そう考えると、落ち着いたはずの顔がまた熱くなっていくから困る。
「あれ~? 主任、何だか少し顔が赤くないですか? 念のために医務室で熱を体温を測ってきた方がいいんじゃ……」 御堂が自分のデスクに戻って、隣のデスクの横井さんが休憩から帰ってくるなりそう言ってきた。 そんなすぐに分かってしまうほどに、私は顔が赤くなっているの? 両手で顔を抑えて隠しても、なぜか隠しきれてない気がする。「横井さんの気のせいじゃないかしら? ちょっと熱いコーヒーを飲んでいたから、かしらね」「そうですか? 今日の主任、何だか唇も色付いてるみたいですけどぉ?」 そう言いながら横井さんは楽しそうに、パタパタとクリアファイルで扇いでくれる。意外と鋭い横井さんに、何か気付かれているみたい。 自分で唇を触っても、御堂に触れられたときみたいに熱くはならない。「うーん、今日の主任……なんだか色っぽいですね」 横井さんの発言にドキリとする。強引に御堂に触れられることで、自分の中の女性の部分が刺激されているのは間違いない。「冗談はよして、私は仕事が生きがいだっていつも言ってるでしょ?」 ……そう、これが私の会社での口癖。だって恋愛に不向きな私には仕事しかないもの。仕事でどれだけの成果を上げるかが、今の私の一番の楽しみなのだから。「そうでしたね、主任は。だからと言って恋をしちゃいけないなんて決める必要は無いと思うんですけどね、私は」
柔らかい羽毛のようにそっと触れる御堂の唇は、乾燥した室内の所為か少しカサついている。優しく何度も軽く触れるだけのキスは、私に物足りなさえ感じさせてしまって。 ……あの日から、こんな事はずっと誰にも許してこなかったはずなのに。 御堂は私の言う事なんて少しも聞いてくれない、それなのに彼の唇はこんなにも心地良い。 そっと御堂の唇が私から離れる、名残惜しそうに最後は唇を軽く噛んで。「……どうしよう、熱い」「何がだ?」 私の言葉に御堂が反応する。私の唇を指でなぞりながら……御堂の指先は相変わらずとても冷たい。 とても冷たいのに、その指に触れられる個所は驚くほどに熱を持つ。 ――まるで、もっと貴方に触れて欲しいと言っているかのように。「唇が……御堂の触れる場所、そのすべてが」「紗綾、お前は自分が何を言っているのかちゃんと分かっているのか?」 私が何を言っているのか? ……ああ、本当だ。こんな事を言えば、誰だって誤解してしまうに決まっているのに。「その、変な事を言ってしまって悪かったわ」 一瞬の気の迷いだった、そういう事にして自身の熱さえ誤魔化しそうとしたのだけれど。 オフィスの扉の向こう、数人の足音と楽しそうな話声が近づいてきたことに気付く。 ……ああ、御堂と2人きりで時間と場所をすっかり忘れていたわ。「紗綾、話の続きはあの場所で、だ。このまま臆病な長松 紗綾でいたくないのなら、もう逃げるな」
「御堂がそんなに想ってくれたって、私なんかじゃ……」 私が恋に憶病になっているのは、決して御堂のせいじゃない。だけど簡単に彼の好意を受け入れる事はどうしても出来なくて。 だけど、そんな私でも御堂は当然の様に受け入れようとしてくれてる。普通だったら、こんな女は「面倒くさい」の一言で終わってもおかしくないのに。「なあ紗綾、俺を使ってもいいんだ。お前がもう一度恋愛が出来るようになるように、俺を利用すればいい」 「御堂を……利用って?」 いったいどういうことなのか? 御堂は本気で私を付き合いたいのではなかったの? 予想外の言葉に、段々と頭がこんがらがってくる。「ああ、俺以外の男で試すことは許せない。それならば、最初からこうすれば解決することだからな」 「どうして……? そんなことをして、御堂に何のメリットがあるの?」 そんな私を見て、御堂は「フン」と鼻で笑う。紗綾は何もわかってないな、とでもいうように。「たとえお試しであれ、付き合えば紗綾に俺の事を好きにさせる自信はある。その後、互いが納得してきちんとした交際に変えればいいだけだ。いいか、紗綾。お前との距離を縮めることが出来るのなら、俺はなんだってする」 御堂の鋭い瞳に見つめられて、私は……「でも私はまだ、御堂をそんな風には……」 「紗綾、お前は頭でゴチャゴチャ考えすぎなんだ。いいから、少し黙ってろ」 御堂から乱暴に、私の乾いた唇を彼のそれで塞がれる……今までの相手のように、心からの嫌悪は感じなくて。 もしかして、本当にこの人とならば……そんな気持ちが、全く出てこないわけじゃない。
「御堂が私の事を好きだと心から想ってくれているのなら、もう私の事は放っておいて欲しい。お願いだから、これ以上私を追い詰めないで!」 私が御堂の気持ちに、本心で応えることが出来る日はきっと来ない。私はそれを御堂が納得してくれるまで、何度だって説明するつもりでいた。 なのに……「紗綾、お前にどんな過去や事情があるかを離れていた俺は知らない。だが、逃げているばかりで問題が解決する時が来るとは限らないんだぞ?」 そんな御堂の知ったような言葉についカッとなる。確かに彼の言う通り私はこの問題にいつまでも向き合えず、過去を思い出さないように逃げてばかりなのだから。 でもそれをハッキリと人から指摘されるのは……正直、とても辛くて。「そんな簡単に言わないで! 御堂だって、本当の私を知れば……」 「幻滅するわよ」そう言いたいのに、御堂の鋭い視線が、それ以上私に喋らせようとしない。 どうして……貴方はいつも、私にはそんな視線ばかり。「俺はどんな紗綾でも受け止める、だからお前が自分自身を傷付けようとするな。大体そう簡単に諦められる程度の想いなら、二十年もお前を探してはいない」 「二十年って……まさか、離れてからずっと私の事を探してたの?」 私たちが離れた理由は【かんちゃん】が引っ越したからなのだが、それでもしばらくは手紙のやり取りをしたりもしていた。 だけれど……「手紙が来なくなったと思ってたら、今度は紗綾がどこかへ引っ越していたからな。それでも俺は、ずっとお前からの手紙を待ってたが」 「御堂……」 「子供の頃のオレには、そうする事しか出来なかったからな」と、とても小さな声で御堂が呟いて。
……私、次第? それは、私が御堂の要望に応えられるかという事なのだろうか? 御堂は確か、私の事を「迎えに来た」と言っていたはず。それがどんな意味で私に告げられた言葉なのか、彼の本心はまだよく分からない。 けれども彼が私に思い出して欲しいのは「昔の約束」で、それは御堂にとってはとても大切な事。 そして最後の、御堂からの目隠しのキス。あの時は深く考える余裕もなかったけれど。 もし、あの行為が御堂にとって恋愛感情を含むものだとしたならば――? ……イヤ! あの時のような酷く醜い感情に振り回されるなんて、私は二度と耐えられない。 それに過去にあんな事をしてしまった私が、今さら【恋】をするなんてことは決して許されないはずだから。「どうした、紗綾? お前、顔が真っ青……っ⁉」 私に向かって伸ばされた御堂の手を、気付けば思い切り叩いていた。今、彼に触れられるのがとても怖くて。 真っ黒な自分の心の中を、彼の真っ直ぐな瞳に見透かされたくなかった。「触らないで、御堂! 私、本当は……」 「紗綾……?」 思い出したくない事を思い出してしまい、凄く胸が苦しいけれど。でもこれ罰なんだって、あの日に大事な人を傷付けてまで自分を優先した罰。 そう、だから私は…… 「もし御堂が私に恋愛感情を持っているのなら、今すぐ諦めて。私はこれから先、誰も好きになったりはしない」 「……俺が、そんな言葉だけで納得すると思うのか?」 やっとの思いで御堂を見つめそれだけ伝えると、逆に誤魔化しを許さない言わんばかりの鋭い目つきで睨み返される。 ……分かってる、こんな言葉だけじゃ貴方が納得しないってことくらい。